先日書いたblogで、態度だけで判断されるような場所には身を置きたくない、と書いた。

その夜にスマホを触っていると、こんな記事が出てきた。

「態度のよしあしと能力は関係ないだろう」問題

猫背で態度が悪いとか言われたらツラい。


僕自身は、自分のことを態度がいい人間だと思っている。でも、前の職場で上司に「その態度は損するよ」と言われたことがあった。その人は他部署の人だったので、ラッキーだった。たまにしか顔を合わす機会は無かったし、顔を合わせそうなときにはコソコソ隠れて会わないでいることができた。

こういうときに、アドバイスをもらえたことに感謝して日々精進できるような人になりたいけれど、まあ難しい。そういうことを言われたら、「この人、怖ッ。」と思ってしまう。そして、損しない態度というものが何となくわかってはいても、そういう態度を取りたくないなと思ってしまうくらいに僕はまだまだ自意識に埋もれている。


思うと、学生の頃にも「君の態度は好きな人と嫌いな人に分かれるね。」みたいなことを言われたことがあって、自分の態度を万人受けするスタイルだと思っていた僕は衝撃を受けた。(こういう分析的なアドバイスは好きなので、素直に聞くことができた。)


これの原因はたぶん、僕自身が他人の態度があまり気にならないからだ。

例えば、挨拶をあまりしない人がいても、「挨拶ってけっこう緊張するしな。」とか「タイミング逃したかな。」とか少し思って終了。そんなことを考えるよりもスマホでtwitterを見ているほうが楽しい。

「挨拶は全ての基本!」みたいなことを言う人もいるのだけれど、挨拶にも向き不向きはあると思うし、簡単にやれるならみんなしている。「やる」か「やらない」かの2択の中から「やらない」を選んでいるわけではないと思う。

自分の得意な「挨拶」というジャンルだけで他の人のことを一方的にジャッジする、そういうスタイルは苦手だ。

一方的な他人へのジャッジは、しないほうがいい。

もしどうしてもジャッジがしたい!ジャッジをせずにはいられない!のなら、自分自身のことだけジャッジしておけばいい。

でも自分自身のことをジャッジし始めると、そのジャッジには終わりは無いし、その後は往々にして周囲を巻き込みがちになる。

何を書いているのかよく分からなくなってきたが、とりあえず、ジャッジのしすぎは体に毒だと思う。

最近は、ジャッジしたりされたりするような環境には近づかないようにしているし、そもそも毎日が自宅と職場とスーパーと保育所の往復だけなので毒の少ない生活を送ることができている。

自宅と職場は自転車で5分だ。1ヶ月のうち28日くらいは半径700メートル内くらいで生活していると思われる。