少し前だが、これが話題になった。(僕のタイムラインだけかもしれない。)

音楽を聴いて鳥肌が立つのは特殊な脳の構造を持つ人だけが経験できるという研究結果

僕は、音楽を聴いて鳥肌が立ったことは無い。

音楽を聴いて感動したことも無い。(歌詞で感動したことはある。)

ジャズとか知ってる人が格好いいと思っていた時期があって、TSUTAYAで適当に借りて聴いていたときもあったが、結局すぐに聴かなくなった。

正直なところ、どれを聞いても一緒に聴こえる。

「まだ本当の音楽に出会ってないだけだよ。」とか言われそうな気がして、さらに借りて聴くのだが、どれもこれも聴かなくなる。

ジャズと同じで、クラシックを聴く人が格好いいと思っていた時期もあった。これもすぐに聴かなくなった。

ジャズを聴いてる自分、クラシックを聴いてる自分、だけでは音楽は長続きしない。

今でも、本当の音楽に出会っていないだけだと少し思っていたのだが、神経の問題だと言われて解放された気がした。



googleでこの記事について検索していると、マウンティング合戦が始まりそう、というのがあった。

個人的にはむしろマウンティング合戦から解放されるのでは、と思う。

「この音楽いいよ。」と言われて勧められたものに、いいな、と思ったことは一度もない。

結局、僕が聴くのは、CMとかで聴き慣れている音楽だけだ。

アルバムを買って、知ってるシングルしか聴かない、あれと一緒だ。(僕以外の人は、アルバムの1番から順番に聴いていけるのかもしれないが。)

ジャズとか、クラシックとか、勧められたときには圧倒的な敗北感を感じる。正確には、感じていた。

しかし、この事実(鳥肌は脳の構造の問題)を知って、敗北感からは解放されると思う。

僕のセンスの問題ではなく、体の問題だからだ。(センスのいい人だと思われたい欲は昔から高い。)

ちなみに、ジャズもクラシックも勧められたことは無い。



最近、いい歌詞だなーと思ったのは、ミニモニテレフォンの中の「楽しいお話を楽しくしましょう。」というところだ。

楽しいお話を楽しくできるのは、いいことだと思う。

先日、事務所でEEJUMPの話題になり、銅線盗みましたよね、と盛り上がった。

それで、ミニモニを思い出した。

「悲しいお話を悲しくしましょう。」という歌詞が出てくるともっといいな、と思っていたが、こちらは無かった。

いろいろな歌で、悲しいお話は笑い飛ばしてしまわれがちだ。そして、悲しいことがあっても胸を張らされてしまう。

たまには、悲しいお話を悲しくしてもいいと思っている。