す、と知らない男が近寄ってきて、私のテーブルの前に立つ。夜更けの到着で不安に圧迫されている私は、おそるおそる男を見上げた。色の黒い、白いシャツを着たその男は、じいーと私を見下ろしていたかと思うと、鼻の下に指を二本あて、真顔で「カトチャン、ペッ」と言った。へなへなと腰が砕けそうであった。日本人旅行者に教わったのだろう。彼はそれだけ言うと、すーっと離れて店の奥に消えた。

たまにエッセイが読みたくなるときがある。

先日、その状態になったのでkindleでパラパラと検索してこの本を買った。

夜でもささっと本を買えるのはkindleのいいところだ。

活字を読みたいけど、読みたい活字が手元にない。twitterの活字では少し物足りない。

そんなときは、読みたい本を探して5秒でダウンロードができる。(20分も30分もkindleで検索して終わるときもある。)

この本は『夜』をテーマにしたエッセイ集だ。

旅先での『夜』や、日本での日常の『夜』が描かれている。

上の引用はモロッコでの夜のことだそうだ。

角田光代さんの小説はあまり読んだことはないが、エッセイは『いつも旅の中』『世界中で迷子になって』に続き3冊目だ。どのエッセイもとても客観的で淡々と、あることやものをそのまま書いている感じがする。とても読みやすい。

酔いもすっかり醒めていた私は、さっきよりよほどはっきりした恐怖を感じた。目が冴え、ジャック・ニコルソンのアップ顔が思い浮かぶ。映画『シャイニング』のジャック・ニコルソンである。

エッセイを読んでいると、俳優の名前とか、映画のこととか、わりとよく出てくる。

が、映画をほとんどみない僕はジャック・ニコルソンと言われても顔も浮かばない。

もちろんgoogleでジャック・ニコルソンを検索する。

ジャック・ニコルソンのおすすめ映画ベスト20みたいなサイトを見る。

まあ知らない映画ばかりだった。

かろうじて『カッコーの巣の上で』だけは見たことはあったが、もちろんジャック・ニコルソンの顔はピンとこない。

こういうときに、サッとジャック・ニコルソンの顔が頭に浮かび、シャイニングの場面が頭に浮かぶ人になりたい。

すぐに浮かばないと、損した気分になる。

googleで調べても意味がない。その瞬間にイメージを浮かべて楽しみたい。

と、思ってamazon prime videoで映画を見始めるときがあるのだが、すぐに飽きてtwitterを開いてしまう。

最近は、映画知りマンになることは諦めている。


幾千の夜、昨日の月 (角川文庫)
角田 光代
KADOKAWA/角川書店
2015-01-24