事務所で仕事をしていると、梨の話や釣りの話やベルの話が良く聞こえてくる。

あそーとでは、どうぶつの森ポケットキャンプがブームだ。

社内のグループウェアでは、各スタッフのID、スタッフの家族のID、お世話になっているデザイナーさんのIDなど、フレンドになるための情報が飛び交っている。

僕は、どうぶつの森をプレイしたことはない。

ポケットキャンプもダウンロードしていないし、ニンテンドー64のものも、他のハードのものもプレイしたことがない。(64のどうぶつの森は妹がしているのをチラっと見たことはある。)

どうぶつの森とはどういうゲームかと言うと、果物を採ってフレンドに売る、魚を釣ってフレンドに売る、お友達の動物からの依頼を聞いてお金をもらう、そして、家具を買い集めて自分の部屋をオシャレにして、服を買い集めて自分を着飾る。それをフレンドに見せる。そこにゴールは無く、自分の欲望とひたすらに向き合い、自分の部屋と服を他人に自慢する究極の欲望資本主義ゲームだ。たぶん。(スタッフの話から想像した。)

ゲームは如何に効率よくクリアするか


僕のゲームの楽しみ方は、如何にして最小限の努力で最高の結果を出すか、を考えることだ。

例えば、RPGの低レベルクリアだ。

youtubeとかに上がっている“極限低レベルでクリアしてみた”まではいかないが、小学生の頃は自分がいかに低レベルで頭を使ってクリアしているのかを友達に自慢していた。

ドラゴンクエスト6というRPGで、ラスボスの少し前にアクバーという中ボスが登場する。

そいつがとにかく強い。

僕より先にドラクエ6をクリアした友人からは、そのレベルでは絶対に勝てない、と言われていたが、僕は倒すことができた。

かまいたち、という技がアクバーに有効だということに気づき、かまいたちを連発して勝った。

かまいたち、は弱めの技で、そこに目を付ける友人はいなかった。

そんな技の有効性に、研究の末に気づいた自分をアピールすることが、最高の快感だったと記憶している。

そういう感じで、努力っぽいもの(=ただ時間をかけてレベル上げをする。)を努力(=頭を使って攻略方法を考える)で超えることが好きだった。イヤなやつだったと思う。

スマホゲームはアクセスがとにかく速い


先日、クリスマスプレゼントでニンテンドークラシックミニスーパーファミコンを購入した(自分に)。

懐かしの21種類のソフトが内蔵されている。

内臓されているソフトは、どちらかと言うと僕より少し上の世代のソフトなのだが、星のカービィスーパーデラックスやヨッシーアイランド、マリオRPGも入っていて、とにかく懐かしい。

クラシックミニは、本体とテレビをHDMIケーブルで繋ぎ、電源コードをコンセントに差すのだが、これだけの動作で面倒臭さを感じてしまった。

スマホに慣れ過ぎてしまっている。

なんでもワンスライドワンタップ。ロード時間もほとんど無い。セーブも無い。

面倒臭さを感じる閾値がどんどんと下がってきている。

僕は元々、面倒臭がりではあるのだが、ここ最近は面倒臭いと感じることが増えたように思う。

面倒臭さを感じる閾値を上げることは無理だ。その閾値は下がる一方で不可逆だ。

なので面倒臭さを感じることはどんどんと効率化していきたい。

その効率化で生まれた時間は雑談と妄想に使う。それが組織作りのミソなのではないかと、すこし思っている。

対人援助の仕事ならば、事務仕事はとことん効率化して、支援のことを考える時間を増やすべきだ。


最近のあそーとの中でのベスト雑談は“給料のベル払いについて”です。