NPO法人あそーとの腰が低めの代表のblog

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2017年09月

kindle paper whiteの新しいモデルを買った。(新しいモデルと言っても1年前くらいに発売されたものだが。)

先月末のamazonのプレミアムフライデーセールで安くなっていた。

僕が今まで使っていたkindle paper whiteは、日本に上陸してすぐに購入したもので、かれこれ5年くらい?は使っていたと思う。

スペックの問題なのか、データ量の問題なのかはわからないが、古いkindle本体から本を購入するとダウンロード中にフリーズしていた。

写真データの入っている本のページめくりでもフリーズ。

挙句は、本体に入っている本のリストを見ているだけでフリーズ。と、常にフリーズしていた。

新しいkindleはサクサク動いてとても快適だ。

kindle paper whiteの利点は、持ち運びがしやすい、ライト内蔵なので暗い中でも読める、といろいろある。

その中で僕が思う一番の利点は、小説の最後をチラ見してしまわない、ということだ。

紙の本で小説を読んでいると、いつも最後のあたりをチラ見してしまう。

続きが気になって、パラパラとめくってしまう。

綾辻行人さんの「十角館の殺人」というミステリー小説があるのだが、これを紙の本で読んでいるときもチラ見をしてしまった。

「十角館の殺人」は“1行のどんでん返し”みたいな小説だ。

チラ見でその1行が見えた。

この小説は、その1行で犯人が分かって、ストーリーの見え方が変わってしまう。

一応、最後までは読んだのだが、たぶんチラ見しなかった方が楽しめたと思う。

チラ見したくなかった。

そんな感じで、kindleは小説のチラ見を防いでくれるのだが、反対にページの参照はしにくい。

資料として読み返したいなと思った時に、すぐにそのページのその場所に飛べない。(もしかしたらいい方法があるのかもしれないが、そこまで使いこなせていない。)

紙の本に比べると、そのページに到達するまでに時間がかかる。

なので、勉強用の資料的なものは、基本的には紙の本を買っている。

僕は悩んだ時に、とりあえず本を読むという方法を取りがちなので、考え事に比例して本の量が増える。

最近、考える時間と考えることが増えてきたので、本が増える。

そうすると、片付けが苦手なのでどんどん事務所が散らかってくる。(僕の周りだけ)

周りからの片付けろ圧は感じているつもりです。

cocoaruのドリップバッグのイラストを書いてもらっている漫画家さんの新連載が始まった。

さよならストレンジャー 柳楽さくら

人為らざるものが集う幻燈の都市を、少女は奔る――。 大切な約束を守る為。未だ見ぬ友人を救う為。 果たして、奔走ののちに出逢う怪物と少女の交わりは都市に何を齎すのか。 叙情的な画面が美しい気鋭作家の新作が、連載開始!
引用-pixivコミック

早く続きが読みたい。

僕が好きなところは、「目のいい子」を”ミスフィット”と読ませるところだ。

主人公の人間の女の子は「不思議な子」や「幽霊みたいな子たち」が見える。

その子たちは作中で「人間じゃない子」「エイリアンズ(読みは”のけものたち”)」とも表現されている。

そして、主人公の名前は多聞(たもん)ひふみ、という。

彼女は人間の世界で、みんなとの違いを感じ息苦しく過ごしている。周囲も彼女の違いを強調する。

世界にうまくフィットできていない。

見えすぎたり、聞こえすぎたりすると、いろいろとうまく行かないようだ。

この”すぎる”主人公が、このあと何を大切にしていくのか、とても楽しみだ。

とまあ、こんな感じで僕は読んでいたのだが、スタッフと話をしていると、

「メガネの書き方が上手い。厚みの表現の仕方がすごい。」

「デュラハンの頭が水みたいなのに漬かっていて不思議な感じがした。絵の世界観が好き。」

「主人公の大きめのメガネ(自分のサイズに合っていない)は、何かの伏線のような気がする。」

とのことだった。

目が向いているところが全然違う。

どうも僕は絵にあまり目が向いていないようだ。

たしかに漫画を読むときは、絵を見ているというよりも、セリフを読んでストーリーを追っている。

漫画を読んでいても、苦手な絵とか好きな絵とかは無い。

僕は、ライトな小説みたいな感じで漫画を読んでいるのかな、と思った。

さよならストレンジャー 柳楽さくら

おもしろいので、ぜひ読んで下さい。



また熱が出た。

最近は3,4ヶ月に1回くらいは熱が出ている。

今回もいつもと同じパターンで、娘が風邪気味(大量の鼻水と咳)になり、4.5日後、僕が発症した。

僕は、通勤が自転車で、かつほとんど出かけない。

なので、電車に乗ることは1ヶ月に1回あるかないかだ。

職場の人、もしくは利用者さん以外と接触することはほとんどない。

娘が保育所に行き始めてから、風邪をひく頻度が増えた。

なので、ここ2年間の感染経路はほとんどが娘だと思われる。

どうしようもない。風邪に甘んじるしかない。

体は弱い方だと思っているのだが、どうしても自分は大丈夫だというプライドから逃れられない。

健康法みたいなのを生活に取り入れたことはない。

週1くらいで走りに行ってはいるが、あまり風邪を引く頻度も変わらない。

風邪気味になる度に、急にフルーツ(安易なビタミン摂取)を食べだしたりする。(食べられるフルーツは限られてるので、ほぼグレープフルーツ)

しかし、1週間もすればやめてしまう。

で、また風邪を引く。

こんな感じでここ5年くらい過ごしているので、たぶんこのサイクルで行くのだろうと思う。

僕の風邪は、9割くらいが扁桃炎なので、毎回耳鼻科へ行く。

最近、耳鼻科を変えたのだが、そこでは毎回のように扁桃腺を切ることを勧められる。

しかも、手洗いうがいして下さいね、くらいの感じでサラっとすすめられる。

あまりにもサラっと勧められるので毎回検索するだが、どのサイトを見ても1週間くらいは入院しているし、術後はご飯食べられないし、全然サラっとはしていない。

痛そうだし、こわい。

しばらくは、この大きめの扁桃腺と一緒に過ごしていこうと思っている。


野崎高校での居場所カフェがスタートした。今週の水曜日が初回だった。

今年度、茨田高校と野崎高校の2校であそーとが居場所カフェを受託運営している。

居場所カフェについては、こちらの記事を。

※officeドーナツトークの田中俊英さんのyahoo!個人より。
お話したことは無いのですが、いつも発信を読ませてもらっています。勝手に紹介させてもらいます。


野崎高校では図書室のスペースを使って、居場所カフェを行う。

cocoaruで流している音楽を流し、自家製シロップを使ったジンジャーソーダやミックスベリーソーダ、自家焙煎の珈琲豆を使ったドリップバッグ、店に置いている漫画や雑誌や本を持っていき、cocoaruの野崎高校支店みたいなコンセプトでやってみている。

“居場所”に加えて、“貧困”とか“文化”とかもキーワードになってくるのだとは思うが、まだ茨田高校を合わせても3回しか居場所カフェを開催していないので、自分の中ではまだまだピンと来ていない。

それでも、図書室の“出入り自由”で“出入り口が2つ”だからこその“カフェに入らなくても外から様子を伺える”ことはとても魅力的だと思った。

入口と出口の多さ、周辺スペース(あわい。居場所カフェなのか居場所カフェではないのかの曖昧な空間みたいなの。)は、参加のハードルを下げる。

居場所を運営するにあたって、空間の作り方は大切だなと思った。

とまあ、そんな感じの居場所カフェに向かう途中に、スタッフといつも話していることがある。

自分が高校生のときにスクールカーストのどこに属していたか、だ。

スクールカーストとは、主に中学・高校の教室内で発生するヒエラルキーのことだ。

僕調べだが、スクールカーストという言葉にピンとこない人は、カーストの上位(しかも最高位あたり)にいた可能性が高い。カースト上位層がフラットな気持ちでコミュニケーションしていても、カースト下位の人からしたら圧倒的な存在感で圧が強すぎる。

というか、上位層がフラットに関われば関わるほど、相手にプレッシャーを与えてしまう。

リア充のウェーイでは、仲良くなれない人もいる。

と、こんな話になる。

ウェーイが良いとか悪いとか、カーストが低くてダメだとか、そういう話ではなく、まずは自分がどういう立ち位置で学校を見ていたかを知ることが大切だと思っている。

要は、メタ認知のためのスクールカースト話だ。

僕が高校生の頃は、スクールカーストは存在していたが、”スクールカースト”という言葉はなかった。

”スクールカースト”が言葉になってしまった今では、自分ではっきりとカーストを把握してしまうことになるのだろうか。個人的にとても恐ろしい。



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