NPO法人あそーとの腰が低めの代表のblog

NPO法人あそーとの代表のblogです。

NPO法人あそーとwebサイト http://npo-assort.com/
book and cafe cocoaru webサイト http://cocoaru.npo-assort.com/

H.G.ウェルズの『盲人の国』というSF短編を読んだ。

昔、聞きに行った発達障害の講演会で、障害とは?ということを考えるときに話されていてとても印象的だった。あらすじはネットで読んである程度は知っていたけれど、せっかくなので全部読んでみた。

この物語はある登山家“ヌネス”が深い谷にある村に迷い込むところから始まる。その村の住人は目が見えない人ばかりだった。あるときに目が見えなくなる病気が横行したその村では、目という器官が退化した人たちが暮らしていた。
「盲人国では片目が見えるものが王になる」という噂を聞いていたヌネスは、権力を握ろうと「目が見える」という力を利用しようとするのだが何もうまくはいかない。というのもその村では、あらゆるものが視覚を必要としないようにデザインされていたからだ。例えば、住人たちは明るく暖かい昼に気持ちよく眠り、暗く(そもそも暗いという概念もない)キリリと冷える夜に活動をする。標識も、視覚ではなく触覚に働きかけるようなデザインをしている。そのような村では、視覚に頼って生活をしている登山家は、何もできない「生まれたばかりのもの」と呼ばれ、ときには馬鹿にされる。「目が見える」ことは力でもなんでも無かった。
そんなヌネスもある程度はその村での生活に慣れていき、ある住人と恋仲になる。互いに想いあい結婚しようと話しあうのだが、一つの条件を突きつけられてしまう。それは「目」を取り除く手術をするというものだった。この村ではヌネスのおかしな言動(ものに何度もつまずいたり、目が見える見えないなどという意味のわからない言葉を使う)の原因のすべては「目」にある、だから「目」を取り除いてしまえば、立派な村人になれると判断されてしまったのだ。結婚するのか、目を取り除くのか、、、最後はヌネスが村から逃亡するところで話は終わる。

この短編で僕が特に印象深かったのは以下の場面だ。

ヌネスは手をひっこめて言った。「わたしは見ることができるのだ。」
「見るだって?」コレアが言った。
「そう、見るのだ」ヌネスはそのほうにむきなおったが、ペドロの桶につまずいた。
「この男はまだ感覚ができあがっておらぬ。」第三の盲人が言った。

ヌネスは笑っていった。「ぼくには道が見えるんだよ」
「“見る”なんていうことばは、ないのだ」盲人はすこし黙ったあとでいった。
「そんなばかげたことを言うのはやめて、わたしの足音についておいで」

「『<盲人の国>では、片目の男が王になる』という言葉をだれも聞いたことはないのかい」
「盲人とはなんだね」盲人はふり返って、無関心にたずねた。

この話からは、この国では住民と登山家のどちらが障害者なのか?みたいなことも考えられると思うけれども、

見るだって?

“見る”なんていう、ことばはないのだ

「盲人とはなんだね」盲人はふり返って、無関心にたずねた。

という言葉が大切だと思う。


先日、発達凸凹の人と清潔について話をしているときに、

(いろいろ話をした最後に、)
「そもそも、清潔ってピンときてますか?」
「いやー、ピンとこないですね。」

という会話があった。

“清潔”なんていう、ことばはないのだ。

ということだ。

そう言われてみると“清潔”ってかなりたくさんの要素からできている。

髪の毛、服、ひげ、匂い。自分を見て、相手がどう感じるか、どんな気持ちになるか。たぶんもっとたくさんの要素から成り立っている。

そんなたくさんの情報を無意識のうちに“清潔”に落とし込める人にとっては、なんてことはない。なんてことが無さすぎて、自分が“清潔”にピンときていることにさえ気づいていない。

でも、“清潔”にピンとこない人ももちろんいる。

ただ、その方が希望する生活を送るためには“清潔”というものが必要になってくることもある。そんなときは“清潔”を分解しないといけない。その方にとってピンとくる言葉だけをならべて“清潔”を説明する。まあ、これが超難しい。

ここから思うのは、支援者として自分の“ピンときているバイアス”から逃れて、フラットな頭で見る必要がある、ということだ。(“バイアス”の使い方、合っていますかね。)

“ピンときているバイアス”から逃れるためには、利用者さんが”ピンときていない“ことに出会う必要がある。それで初めて自分が”ピンときているバイアス“に囚われていることに気づく。常々、自分が伝えている言葉(伝えた気になっている言葉)は、相手にとっては何の意味も持たない(ピンときていない)言葉かもしれないと思っておかなくてはいけない。


仕事を始めてから、発達凸凹の人と関わる機会が多く、凸凹からくる”ピンとこなさ“みたいなことに出会うことは多かった。ここ2年ほどで高校生と関わることが多くなった。高校生とコミュニケーションをしていても”ピンとこなさ“みたいなものに出会うことがある。けれども、それは凸凹からくる”ピンとこなさ“とはちょっと違うなと感じる。”安心感“とか”安定感“とか”信頼感“とか、そこへの”ピンとこなさ“に出会っているような感じがする。

僕自身には、そこへの”ピンとこなさ“に”ピンとくる“ような体験はない。そこからきちんと始めないといけないなと思う。”安心感”とか”安定感”とか”信頼感”に自分はピンときていたんだなとここ2年で初めて気づいた。

僕は情報収集が趣味なので、四六時中スマホでネットを見ている。

居場所カフェに関して言えば、他団体の発信はすべてチェックできるようにSNSのフォローを完備し、必要なものはRSSリーダーも使って、発信はできるだけ追うようにしている。

大阪の他団体さんのSNSや発信媒体ももちろんフォローしており、その情報にはいつも勉強をさせてもらっている。

居場所カフェ界隈でよく出てくる言葉として「高校生からポロっとこぼれる」というものがある。僕も外で居場所カフェのことを話すときは「高校生からポロっとこぼれる」という言葉を使っている。はじめは何気なく使っていたけれど、ここ数ヶ月でとても実感が出てきたと感じている。

昨年の4月から高校内居場所カフェを始めて2年弱が経過した。1年生のときから居場所カフェに来てくれている生徒とは、もうそれくらいの付き合いになる。あそーとが実施している居場所カフェは月に1度もしくは2度ほどなので、多い生徒で20回ほどは顔を合わせただろうか。やっと最近、コイツにならポロっとこぼしてもいいかな、と思ってもらえるようになってきたかなと感じる。
 
高校生から「ポロっとこぼれる」言葉が、本人の抱えるしんどさの発見につながり、そこから個別のソーシャルワーク支援がスタートする。


「なあなあ、聞いてーやー」とカウンターで暇そうにしている僕の前に、イスを持ってくる。(僕はできるだけ暇そうにするようにしている。雑誌をパラパラめくったり、意味もなくコーヒーを淹れてみたり。)

「お母さんからのプレッシャーがきつくて」

「学校ちゃんと行け~って。わかってるねんけど、言われたら、なんかなー。」

「テストはまあぎりぎりやねんけど。」

「文章問題難しすぎるねんなー。読んでたら文字が順番バラバラなったり、入れ替わったり。」
「“る”と“ろ”とか、“あ”と“や”とか、見分けるの難しない?!」

「文章だけで歴史の人物当てさせるの、あれ反則。わかるわけないやん。顔があったらすぐわかるねんけど」

その間、僕は、

「いやー、大変やなー」

「留年せえへんように、休む回数数えといたほうがいいで。年間60回休んだらアウトやから、スマホに休んだ日メモしときー。数えれるように。」

とか

「読むの苦手なら、先生に教科書読んでもらってスマホに録音しとき。それテスト前に聞きながら登校したらいいねんー。」

とか言っている。

こういうふうにポロっとこぼしてくれたら、最近学校を休みがちな彼や彼女のことを見る角度が増える。彼や彼女の立体感が増すというか、なんというか。まあ、より理解できる。先生にも、こんな角度からも考えられるかもしれません、僕の見立てはこうです。なんていう話もできる。

まずは、こぼしてもらうことが必要だ。コイツになら、まあ、ちょっとはこぼしてもいいかな、と思ってもらえるようにしていく必要がある。戦略的に。

「次のカフェの日の3日前が誕生日!」と言われたら、(見られていないところで)すかさずスマホのメモに入れて、次回の時に言うようにしている。

直接、名前を聞いていなくても、注文用紙を見て名前を覚えて、ふと名前を呼んでみたりしている。(「なんで知ってるん?!」と大抵言われる。「いや、いつも自分名前書いているやん。」と返す。)

そういう風な、個人と個人のやりとりに加えて、場の雰囲気も重要になってくると思う。

そんなことを考えてはいるのだけれど、まだまだ自分の中でも、組織の中でも、そういう風なことを抽象的にまとめて表現できるような言葉になってきていない。

ぽろっとこぼせる居場所を作って継続していくためには、そういう“風”なことを表す言葉が組織内に必要だ。

今できることは、細かいエピソードを組織内で積み重ねていくことだ。おもしろエピソードも含めて、組織内で情報の共有、価値観の共有(というか見せ合い)を行っていこうと思う。

それらが、「ポロっとこぼせる」居場所を作るための初めのステップだと思っている。


来月、居場所カフェ実施校で教員向けの研修をお願いしてもらったので、LDのことも内容に入れようと思っている。

12月19日(水)に大阪の居場所カフェの取り組みを報告する「高校生サバイバー」というフォーラムが開催された。僕は実施団体スタッフとして第2部に登壇させて頂いた。

1部、2部、3部のどれもがとても勉強になった。それらを聞いて思ったことは、また後日で。

あそーとが居場所カフェを始めたときのことを思い返す機会にもなったので、まずはそれについて書こうと思う。

高校内居場所カフェ事業を法人として始めた理由は、ある発達凸凹(発達障害ではなく発達凸凹と書きます。)の人との関わりの中で、学校在学中の支援の必要性を感じたからだ。

その方は30歳を超えてから発達障害の診断を受けた人で、診断が出るまでは自分がうまくいかない理由が分からずにとてもしんどかったと仰っていた。(診断が出た後も、しんどいのはもちろんしんどいですよ、とは言っておられる。)10年ほど引きこもっておられ、支援に繋がったのは30歳を超えてからだ。

高校在学中に発達凸凹のことが分かっていたら、少しはしんどさが軽減できたのかなーなどと思っていたところ、高校内居場所カフェのことを知った。そして、あそーと地元の課題集中校で居場所カフェの事業を始めることになった。



高校生に会い始めるまでは、高校内居場所カフェのコンセプトである、①安心・安全の場所②文化のシェア③個別のソーシャルワークのどれもがピンとは来ていなかった。

僕の中の高校生は自分の延長線上の高校生だった。僕には、安心できる場所があったし、たくさんの文化にも触れてきた。実家には床が抜けるほどの本がある。「私はこう思うけど、君はどう思う?人それぞれ考え方があるやんね。」なんて言いながら、僕の意見に無条件で耳を傾けてくれる人もいた。高校時代の周りの人たちもそんな感じだったと思う(そのように見えていた。)。

正直なところ、僕のイメージできる高校生が抱える困難さには“発達凸凹”“境界知能”くらいしか無かったと思う。“子どもの貧困”とか“虐待”とか、ことばでは知っていたけれど、ピンとは来ていなかった。(当時はピンと来ていないことにも気づいていなかった。)

けれども、この2年間で高校生たちと会っていく中で、上記のことばを少しは理解することができたと思う。同時に高校内居場所カフェの3つのコンセプト(①安心安全の場所②文化のシェア③個別のソーシャルワーク)の意味も少しは分かってきた。

発達凸凹の方の支援の文脈で始めた居場所カフェだったけれど、それだけではなかったなと(当たり前だけれど)今は思っている。

もちろん、発達凸凹があると感じる生徒と会うことも多い。すでに本人の困り感が大きい場合は、生徒に信頼してもらう→なんとなくそれとなくすこしづつ凸凹のことを伝える→受診を提案する、という関わりが必要であると思う。一方で、現時点で本人には困り感が無い場合もある(先生は困っている。)。兎にも角にも、居場所スタッフのみでは支援は行うことはできない。先生との連携、SSWとの連携、外部機関との連携、などを含めてのソーシャルワーク的な支援が必要になってくる。



そんな話を、先述の発達凸凹の方に聞いてもらったりしている。月1,2回ほど話をする機会があるので、生徒に凸凹のことを伝えたほうがいいですかね?なんて相談にのってもらったりもしている。

「たとえ診断が出たところで、周りに変化がなければ一緒ですよ。本人が自分の特性を分かっていても、親なり職場なり、周りの人が変わらなければ診断の意味は無いですね。」

「でも、自分が高校生のときに、そんなのがあったら行ってたかなー」

とのことだった。

なるほど。

↑このページのトップヘ